巻頭言(写)

「クラシック・ミステリのススメ」について、内容紹介があまりないというご指摘を受けたので、少しずつ情報を書いていきたいと思います。
 まずは、本に記載した「巻頭言」を転載しておきます。

「なーんだ、■■は読んでないの。○○を読んだんなら、■■も読まなくちゃ」
 えーと、■■と○○のところには好きな書名を入れてください。懐かしいね。かつて大学のミステリ研に入ると、こういう台詞で出迎えられるのが常であった。先輩方はのたまったのである。創元推理文庫のおじさんマークを全部つぶしたら次は猫マークにいって、ピストルマークも主だった作品は拾って、時計マークには法廷ミステリや変格作品もあるから忘れちゃいけないし、……ってそれは全部ってことじゃん! あとハヤカワ・ミステリ(いわゆるポケミス)は三百から五百番台に文庫化されていない名作が多いけど九百から千百番台の軽い作品も見逃せないなあ、とかね。本当、余計なお世話。でもいただいた助言のおかげで、ミステリ初心者の読書生活が豊かなものになっていたことも確かなのだ。
 本書は、そんなおせっかいを目論んだブックガイドである。現在の日本には、世界各国のミステリを邦訳で気軽に読むことができる幸せな環境がある。しかしその反面、あまりにも点数が多くてどれから読んだらいいのかわからない、という贅沢な悩みも発生しているのだ。特に古典作品ですね。かつては東京創元社早川書房の目ぼしい作品を拾っていけば系統立った読書はだいたい可能だったのだけど、今はひと昔前では考えられないようなマニアックな作品まで訳出されるご時勢なので、どれが初心者向けの絶対お薦め作品で、どれが読者を選ぶ曲者か、なんてことは判りにくくなっている。各版元から単行本の体裁で出版されている作品だけでも二百点を超えるのだから無理もない。
 海外古典ミステリに関心はあるけどちょっと敷居が高くて手が出せないでいる、という方。よかったら私たちヴィンテージ・ミステリ・クラブのおせっかいに、ちょっとだけ耳を貸していただきたい。今回お届けする『クラシック・ミステリのススメ』上巻では、国書刊行会・新樹社・原書房小学館から刊行された百冊余の作品を網羅、作品ごとにレビューと作家・書誌情報、簡単なあらすじを付した。巻末の索引では各作品のお薦め度をミシュラン形式で記してあるので、最高点の五つ星作品のレビューからまず目を通す、なんて読み方も可である。最低点の一つ星から読むへそ曲がりさんももちろん歓迎だ。作成スケジュールの都合から、一部の新刊が漏れてしまっているが、これらについては下巻でフォローする予定である。また付録として、編集者・藤原義也さんのインタビューも収録させていただいた。ご存知のとおり、藤原氏は〈世界探偵小説全集〉の企画によってクラシック・ミステリ叢書に先鞭を付けられ、海外古典作品の発掘ブームの牽引役となられた方である。談話とレビューを併読すれば、間違いなく興味は倍増することだろう。
 この本によって一人でも多くの方に海外古典ミステリの楽しさを知っていただければ、私たちは本望である。豊穣な沃野がすぐそこに拓けている。ページを繰り、その魅力に触れてください。
ヴィンテージ・ミステリ・クラブ 発起人代表 杉江松恋

 こんな感じ。私が書くと、ふにゃっとした巻頭言になってしまいますね。